
健康経営シリーズ 第3回(全8回)
理学療法士として36年間、働く人の身体と向き合ってきた経験から、企業の健康経営について考える全8回の連載です。
ストレッチだけでは、職場の腰痛が減らない理由
「腰痛予防のために、朝礼でストレッチを始めました」
企業の健康づくりについて伺うと、このような取り組みを耳にします。
仕事の前に身体を動かすことは、決して悪いことではありません。身体を動かすきっかけになり、自分の状態に気づく時間にもなります。
ただ、ストレッチを続けているのに、腰痛を訴える人がなかなか減らない職場もあります。
それは、腰に負担をかけている原因が、身体の硬さだけにあるとは限らないからです。
ストレッチをして、また同じ負担へ戻る
作業台が低く、一日中前かがみで働いている人がいるとします。
仕事前にストレッチをしても、その後何時間も同じ姿勢が続けば、腰には再び負担がかかります。
デスクワークでも、椅子と机の高さが合わない、画面が身体の正面にない、必要な書類が遠い、数時間ほとんど席を立たないといった問題があります。
ストレッチが無駄なのではありません。
ストレッチだけに、腰痛対策のすべてを任せることに無理があるのです。
本人の努力だけにしない
腰痛を訴える人に、
「運動したほうがいいですよ」
「姿勢に気をつけてください」
と伝えることがあります。
しかし、この言葉だけで終わると、腰痛がすべて本人の自己管理の問題だと受け取られかねません。
本人がどれだけ気をつけても、作業台が低ければ前かがみになります。道具の配置が固定されていれば、同じ方向へ身体をひねります。
「気をつけてください」と伝える前に、その人が気をつけられる環境になっているかを見る必要があります。
腰痛対策に必要な三つの視点
一つ目は、働く人の身体です。
筋力、柔軟性、過去のけが、疲労の蓄積、身体の使い方などが含まれます。ストレッチや運動は、主にここへの働きかけです。
二つ目は、働く環境です。
机、椅子、作業台、道具の位置、作業スペースなどです。物の位置が変わるだけで、身体をひねる回数が減ることがあります。
三つ目は、仕事の進め方です。
一つの作業が何時間続くのか。負担の大きな仕事が特定の人へ偏っていないか。小休止を取れるか。無理に一人で作業していないか。
「身体」「環境」「仕事の進め方」。
この三つを一緒に見ることで、その職場に合った腰痛対策が見えてきます。
全員の身体は同じではない
同じストレッチでも、気持ちよく伸びる人もいれば、痛みを感じる人もいます。
職場体操は、全員の動きをそろえることが目的ではありません。一人ひとりが無理のない範囲で身体を動かし、自分の状態に気づくための時間です。
痛みが出る動作は避け、無理に参加させない配慮も必要です。
小さな改善から始める
よく使う物を身体の近くへ移す。身体をひねらず、正面を向いて作業できるようにする。負担の異なる作業を組み合わせる。重い物を一人で持たない手順を決める。
まず一つ試し、働く人の身体がどう変わるかを確認します。
ストレッチで働く人の身体を整え、職場環境と仕事の進め方を見直して負担そのものを減らす。
この二つが組み合わさってこそ、腰痛対策は一時的なイベントではなく、日々の健康経営になります。
次回は、実際の職場環境と身体の不調についてお話しします。
参考資料:
この記事を書いた人
理学療法士として36年間、大学病院、整形外科病院、整形外科クリニックに勤務。骨・筋肉・関節などの運動器疾患を専門とし、腰痛、肩や膝の痛み、けがや手術後のリハビリテーション、職場復帰などに携わってきました。
クリニックでは、身体の痛みに加えて、不安や気分の落ち込み、職場の人間関係などの悩みを抱える方にも数多く対応。身体だけでなく、仕事の環境や心の状態も含めて考えることの大切さを実感してきました。
現在は北海道・札幌市を中心に、これまでの臨床経験を生かし、働く人の身体づくりと企業の健康経営を支援しています。
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